「インドネシアにて伝えたかったこと」Part4

2006年01月27日 23:57

−伝えたかったこと−
その後、ナショナル合宿に2人を送り出し、残ったメンバーの底上げを図っているうちにまた数ヶ月が過ぎ、後任隊員のBさんが来インドネシアした。


写真は試合中、ピリオド間に神に祈る選手たち。ここ、インドネシアでは、宗教に対する信仰心は非常に篤い。中央青い帽子が私。

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「インドネシアにて伝えたかったこと」Part3

2006年01月25日 22:38

−再出発−
強化が順調に進む中、協力隊活動も2年以上が過ぎた頃、大きな問題が待ち受けていた。「選手らの進学問題」である。指導してきた選手らの大半が高校3年生であり、卒業後の進路を考えなければならない時期が迫っていた。
写真は、偉そうに指導する姿。この頃は、まだ腹筋もあり、今より推定体重-15kgぐらい。

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「インドネシアにて伝えたかったこと」Part2

2006年01月23日 21:42

−順風−
そうやって指導を続けている内に1年近くが経ち、初めて全国大会に参加する機会を得た。しかし、まだ立ち上げたばかりの水球競技である。地元水泳連盟の腰は重く、また、水球のための強化費を水泳連盟上層部の役員が着服するなどして(インドネシアでの汚職は日常茶飯事)、一向に遠征費用を出してくれない。
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「インドネシアにて伝えたかったこと」Part1

2006年01月20日 21:27

−赴任−
2000年7月、大学卒業後、2ヶ月の語学等の諸研修を終え、私はインドネシアに到着した。そして現地での1ヶ月の語学研修を経て、8月末にスマトラ島はパダンという地方都市に赴任した。

写真は指導中の風景・・・偉そうに
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「何故青年海外協力隊に参加したのか?」

2006年01月19日 20:28

「青年海外協力隊」と聞くと、皆さんはどの様なイメージを抱かれるだろうか?
「途上国に行って井戸を掘る」
「途上国に行って、恵まれない人々へ支援する」
というイメージが強いのではないだろうか?

写真は、青年海外協力隊時代、プールにて選手らと撮影したものこの中で、一番日本人ぽい?のが私である。
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「何故現地採用?」

2006年01月16日 21:22

前回に続き、今日はなぜインドネシアにて現地採用で働くようになったのか?について書いてみたい。
私は2000年7月より2003年7月まで青年海外協力隊に参加し、インドネシアにて中学生、高校生、時にナショナルチームに水球を指導した。
協力隊任期を無事満了し、日本に帰国。この時点で既に27歳。

写真は協力隊時代、水球を教えていた頃のもの。

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現地採用とは?

2006年01月14日 21:00

記念すべき第一回目の記事は、現在私の置かれている立場、「現地採用社員」というものについて、書いてみたい。
現在、インドネシアには、数え切れないほどの日系企業が現地法人を作り進出しており、インドネシア全体の在留邦人は1万人を超える。その約7割が首都であるジャカルタ圏に集中している。

下写真は、私が現在暮らすアパートメントの写真。日本人向けの銭湯もある(サウナ付き)。
現在居住中のアパートメント 椰子の木が南国っぽいか?

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